南丹市の事件から1ヶ月。
1つの形が見えたことに安堵しつつも
奪われた日常の重さと
ご遺族が抱える静かな悲しみに言葉を失います。
せめてこれ以上のノイズが
彼らの静寂を乱さないことを願わずにはいられません。
本稿はデマ拡散を構造として整理し
振り回されないために『前提を分解する』ことを目的としています。
妖王子独自の視点による観察であり
何かを決定づけるものではありません。
今回のデマ拡散は
『人類が生き延びるために体得した能力』
と
『人が良かれと思って開発したシステム』
が最悪の形で重なって発生しました。
1. 人間の心理:ラベリングとナラティブ
人間にとって
『なんだかよく分からないこと』は
それ自体がストレスです。
その解消法は
深い理解ではなく
安易な『ラベリング(決めつけ)』で行われます。
脳コストをかけず
「こうである」と定義する。
非常にコスパの良いストレス解消法です。
また
人類は『ナラティブ(物語)』を好みます。
「高品質なお米」
よりも
「80年農家と研究を重ねたお米」
と言われた方が惹かれるように
私たちは不安を埋めるため
情報の空白を勝手な想像で補完し
不和のない「一つの物語」に整えてしまう。
これは『サピエンス全史』で語られる「認知革命」の副作用と言えるでしょう。
2. 現代人の渇き:カタルシスの追求
SNSの普及により「隣の芝生」が見えすぎる現代。
幸福の相対化は、現状への虚無感を誘発しました。
その心の穴埋めとして発生するのが
『感情の即時消費』
と
『カタルシスの追求(敵の設定)』
です。
怒りを『他人のせい』にして即時解消し
巨大な悪と戦う「主人公感」を得る。
内側の空白を外側にぶつけ
納得感を得るためにSNSにのめり込む。
なろう系が流行る理由も
ここにあるのかもしれません。
3. SNSの闇:アルゴリズムと集団心理
SNSの闇は『アルゴリズム』にあります。
評価対象は
「正確さ」ではなく「反応速度」と「数字」。
数字が多ければ"正しく見える"錯覚が起き
強い言い切りはそれだけで力を持ちます。
学生時代
私が「3+3は9だ」と真顔で言い続けるイタズラをしました。
3回目の押し問答あたりから相手は
自分の常識を疑い始めます。
強い言葉・断定は
心の弱い人、心が満たされない人には
魅力的に映ってしまうのです。
そこに『確証バイアス』が拍車をかけます。
自説を補完する情報のみを回収し、矛盾を排除する。
匿名という仮面の下で
顔も名前も知らない
現実に隣接しない世界にいるどこぞの誰か
得体の知れないなんだかよく分からないが
自分を嫌な気分にさせる他人への攻撃が正当化されていくのです。
人類の心の渇きが
この事件への参加を促し、SNSがその心に『納得感』もたらすことで『満足感』を演出させた。
『最もらしい嘘』は多くの人に信仰を集め、団結を生み、集団心理と同調圧力を形成したのです。
4.YouTubeとマスメディア:境界性
デマ拡散の1番の立役者。
YouTuberや一部VTuberが
「独自取材風」「最新情報まとめ」「犯人当て推理」
と連日配信。
これは群れの中で生きる人類にとって
ひとつの安心感と小さな愉悦感を生みました。
多くの人の関心を向けている出来事の
最新情報を持っている自分と。
情報発信者は更に
点在するヒントをかき集め、憶測で繋ぎ合わせ
『納得感のある物語』を生成。
「○○が犯人だ」
「警察はもう犯人を捕まえている」と
孔雀もビックリなほど
立派な尾ひれがついて。
この話が
非常の質の悪い伝言ゲームに変わっていくのです。
『だと思う』が『らしい』に変わり
『らしい』が『だった』にすり替えられる。
でももうこの時には既に
真実かどうかどうでも良く
辻褄が合う。納得出来る。腑に落ちる物語。
そうであれば良くなっていたとも考えられます。
正確な理由付けをし、敵を叩く口実さえ出来れば。
ここに拍車を掛けたのがマスメディアの行動です。
SNSの誤情報を裏付けなく引用し、信ぴょう性を失わせ
進展の有無関係なく連日連夜報道し、更なる関心を招いた。
ギリギリ保たれていたメディアの信用が揺らぎ
即時性のネット動画
確実性のメディアという境界が曖昧になりました。
5.デマの悪魔:その正体
『言葉』には
私たちが思っている以上に強力な『魔力』が宿っている。
それは
多くの人間が「そうである」と思ってしまえば
本来そこに存在しなかったはずのモノに形を与えてしまうほど。
デマとは
虚構を信じる人類だからこそ
生み出してしまった"架空の敵"であり
無意識の加害。
無関係な人の個人情報が晒され
国籍や職業をでっち上げられ
犯してもいない罪で糾弾される。
当時、お父さんが非難されていた時点では
まだ犯人だと確定していませんでした。
憶測が憶測を呼び
「だと思う」が「だった」にすり替わる伝言ゲーム中
私たちは"犯人当てゲーム"を楽しんでいた。
それは紛れもない『猛毒の正義』であり
人権侵害の危険性を孕んでいました。
探偵ごっこを嬉々とし、私的断罪を行う様は
悪魔に取り憑かれていたと言えるでしょう。
かく言う鈴猫もまたその1人でしたから尚更。
運良く途中で脱落し
外から眺めその異常性を垣間見たに過ぎません。
点在するヒントがあまりにも露骨にも
『お父さん犯人説』を後押しする感じになっていたため、誰かしらの意図があるのでは?と感じたのが鈴猫が探偵ごっこ、1億人総探偵を辞めるキッカケです。
議論のできない人狼ゲームなんて
どうクリアしろと言うのかと。
的中させたことを自慢する声も聞こえますが
それは人の命でギャンブルをし
運良く生き残っただけ。
素晴らしいことではありません。
終わりに
鈴猫として
正義の魔法使いを志すモノとして
○憶測で誹謗中傷はしない。
○確実性のない情報は横に置く。
○事実と感情を混ぜて解釈しない。
この3つを今回のデマ拡散から学び
今後の活動に活かしていきたいと思います。
事態が動いたことで
私たちは一つの区切りを感じるかもしれません。
けれど
被害者の方やご遺族にとって
失われた時間は決して戻ることはありません。
私たちがSNSの向こう側で
正義や娯楽を消費している間も
そこには血の通った痛みがあります。
その当たり前の事実に
私たちはもっと臆病であるべきなのでは思いました。
ただ鈴猫は次の『物語』が始まった時
この内なる"悪魔"を正しく扱うことが出来るのか、正直まだ分かりません。
分からないなりに向き合っていこうと思います。
最後までご一読頂き誠にありがとうございました。
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